「秩父の山の美はむしろ渓谷にある。そしてこれほど壮絶な、これほど潤いを有する渓谷を、何処に見出す事が出来るだろうか。私たちは秩父に誇るべき一景を加えたことを喜ばずにはいられなかった。」
田部重治「山と渓谷」より 昨年あたりから夏の灼熱の登山道から沢を見下ろすたびに「あそこに飛び込めたらどれだけ幸せだろうか」と考えていた。 そしてついにクライミング仲間Hを伴い奥秩父の渓谷へと降り立った。 2011年 8月13日~14日 笛吹川東沢釜の沢の遡行。 僕の山歩きの原点は田部重治の著書にある。 その中でも笛吹川遡行の記述は群を抜いて僕の琴線に触れるものがある。 彼自身渓谷の旅はかなりスリリングであり、秩父の自然を考えるうえでターニングポイントであった事が伺える。 1日目 塩山駅でHと待ち合わせ、バスで西沢渓谷へと向かう。 ちなみに田部は駅から徒歩でアプローチしている。 西沢渓谷の遊歩道をそれて入渓となるが、記録によって入渓地点がまちまちとなっている。 前年同じルートを遡行しているHに任せる。 クライマーたるもの滝は全て直登だなどと息巻いていたがさっそく巻く。 この丸太を登る猛者もいるらしいが。 ホラの貝のゴルジュも覗いてみるが到底無理と判断して高巻く。 (ホラの貝突破の記録) 泳ぎは無いと聞いていたが出だしの滝で二か所ほど泳いだ。 僕は体が水に浮きにくい体質で泳ぎが得意ではなく、足が着かないと途端に慌てる。 ザックを浮き輪がわりにして必死に泳ぐ。 普段重荷でしかないザックが見事にプカプカ浮いているのを見て妙に感心する。 泳ぎを想定していなかったため防水処理を甘く見ていた。 そのツケが昼食時に回ってくる事に。 一本一本ほぐして何とか茹でる。 所々うどんのようになっているが問題なく食べられた。 エスビットで茹でようと試みるが時間ばかりかかるのでHのJETBOILを拝借した。 ごく一部の人間の間では名所となっているナメ床のトラバース。 と言うのも前年Hはここで足を踏み外して流されている。 今回は水量も少なく乾いているので難なく渡っていた。 カモシカの頭骨。 滑落したのか熊にでも襲われたのか、辺り一帯の川床に骨が散らばっていた。 ナメの滝と深い緑、清い水には事欠かない。 西のナメ滝 魚留の滝、左側を登る。 この手前で国師へと向かう金山沢、梓山へと続く信州谷、甲武信に向かう釜の沢の分岐がある。 我々は釜の沢を行ったが田部が歩いた当時は釜の沢は遡行不可能な難所としてとらえていたらしく、彼らは最初の遡行では信州谷へ向かっている。 その上にまたナメ滝、Hここでウオータースライダーを敢行。 荘厳で静かな渓谷に不釣り合いな奇声がこだまする。 僕は体が冷え切っていたのでやらず。 そしてついに千畳のナメが姿を現す。 いつまでも歩き続けたいと思う文句無しの景勝だが案外すぐに終わってしまう。 田部の記述にある「斜めにはしる水の珍しい波紋」というのはこれの事だろう。 100年前の岳人と同じ物を見ていると思うと感慨深い。 地下足袋のような感触の柔らかい沢靴が滑らかな川床をとらえる。 西俣と東俣を分ける両門の滝、東俣を行く。 この後マヨイ沢との分岐があり簡単な標識も出ていたが、本流の右岸の巻き道を行く所を勘違いして右の沢に入ってしまう。 HはGPSを僕は地形図を見ていたのだけど標識にとらわれてのルートロスだった。 地形図によると分岐のあとすぐに緩やかな幕営適地に出るはずなのだけど倒木だらけの結構な急坂が続く。 すぐに違和感を感じ伝えたが「GPSも合ってるし見覚えがある」というHを信じて進む。 いくつかの分岐を過ぎて30分ほど過ぎたところで沢が行き詰る。 そこでもう一度「この道合ってる?」と問うとGPSを見つめるHから「間違ってる」との声。 沢を右曲して鶏冠山の方へ向ってしまっていたらしい。 Hが左に進路をとってルート復帰を提案するが、僕は現在地点が分からなくなってしまった以上分岐に戻るべきと主張して来た道を下る。 苦労して登ったぶんかなりスリリングな下りとなった。 Hは一か所ロープを出して懸垂下降する場面も。 分岐に戻り幕営予定地に着くのと日が暮れるのが同時だった。 地図読みに確信が持てず強く進言できなかった僕と、GPSの扱いに慣れていなかったH双方のミスであった。 下流に向かって分岐する沢だったら多分戻れなかったと思う。 今後のためにこのミスは強く胸に刻まなければならない。 何はともあれ幕を張り、火をおこして厳かに渓の一夜を過ごした。 2日目へ続く。
by yasler
| 2011-08-28 13:20
| 歩記
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